感謝の気持ちとは、いったいなんだろう?金運と感謝の深い関係

感謝とはなんだろう?

このブログや金運秘伝の書でも、金運と感謝は関連があると何度も繰り返してきましたが、よくよく考えると、感謝とはいったいなんでしょう。

 

ただ「ありがとう」といえば、感謝したことになるのかな。

感謝の気持ちを言葉にあらわすと

ありがとう

嬉しく感じます

助かりました

親切が身に染みました

あなたのおかげです

かたじけない

ごちそうさまでした

こんな感じでしょうか。

もっとありそうですね。

これらの言葉や、表情、しぐさでも感謝も気持ちは伝わりますね。

むしろ、感謝の気持ちは言葉ではなく表情にでるものかもしれません。

無表情で「ありがとうございました」と言われても、なにも感じません。

 

不思議な気持ち「感謝」

辞書で調べてみましょう。

デジタル大辞泉

かん‐しゃ【感謝】

[名](スル)ありがたいと思う気持ちを表すこと。また、その気持ち。「感謝の心」「深く感謝する」

 

大辞林 第三版

かんしゃ【感謝】

( 名 ) スル

ありがたいと思うこと。ありがたさを感じて謝意を表すること。 「 -の念にみたされる」 「好意に-する」 「 -状」
感謝(かんしゃ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
精選版 日本国語大辞典 - 感謝の用語解説 - 〘名〙 ありがたいと感じて礼を述べること。また、ありがたいと感ずる気持。※太平記(14C後)一〇「入道斜めならず感謝(カンシャ)して」 〔南史‐庾登之伝〕中世、近世の辞書、節用集類には見出すことはできず一般に定着したのは明治...

辞書をみるとなるほどとは思いますが、自分のなかの心の有り様は言葉や文字にはできないものです。

感謝の根底にあるもの

わたしは、感謝とは、『畏れ』がもとになっていると思うのです。

『畏れ』とは、なにかを敬いかしこまる気持ち、人間より存在の大きなものに対する抗えない気持ち。

これが感謝のもとになっているような気がするのです。

もののけ姫やトトロ、ラピュタなどを観ていると『畏れ』を感じることがあります。

 

人智を超えた大きな存在への畏怖、畏敬の念。

無償の気持ちに通じます。

 

感謝は損得とは関係のない感情。

金運はあがれば得をするし、下がれば損をする。

無償というのは金運とは反対側の意味なのに、両者がすぐとなりにいるようで不思議です。

 

もうひとつ無償の感情がありますね。

愛です。

愛とは感謝のこと

感謝の気持ちは肯定感を生みます。

というより、肯定的なものに感謝の気持ちを持つのが自然です。

否定的な人、否定的な考えには感謝することは、まずないでしょう。

 

生きてくれてよかった。

生まれてくれてよかった。

本当の意味での感謝とは、生きることに肯定的であることが前提です。

 

愛とは、(わたしが思うにですが)すべてを肯定することです。

そこに、否定や疑いの余地はありません。

なにものにも代えがたい慈しむべきもの。

それが愛です。

 

感謝と愛は同じ意味といっていいと思います。

感謝の気持ちは奇跡を呼ぶ

感謝の気持ちは相手に伝わらないこともあります。

たとえば、神や自然に対する感謝。

言葉の意味がわからない赤ちゃん。

もう故人となった相手。

伝わらなくても、感謝の気持ちを持つと心は穏やかになります。

心が穏やかな人は、言葉がなくても相手に伝わります。

 

感謝の気持ちがないところには、金運はないと感じます。

トイレ掃除、気の流れ、宇宙の法則、引き寄せの法則、神社参拝、食べ物、そしてお金。

すべて感謝の気持ちが根底に流れています。

 

それから、奇跡です。

感謝の気持ちがあるところには、必ず奇跡が寄り添います。

そもそも、何かに感謝できるということ自体が奇跡です。

この世に生を受け、地球があって太陽があって食料がある。

 

誰かを信じて誰かに助けてもらい、誰かに感謝する。

そのめぐり合わせが感謝と奇跡を呼びます。

それこそが、金運なのではないでしょうか。

まとめ

金運に興味をもち、いろいろと調べているとわたしの中で、『感謝』と『愛』と『奇跡』が結びつきました。

金運については結論というものはないのかもしれません。

運自体がとらえどころのないものです。

それぞれの人の心のなかのことなので、正解も不正解もないでしょう。

ただ、感謝できる幸せというのは、だれもが同じ想いなのではないでしょうか。

 

わたしは、このブログを読んでくださっているあなたにも、もちろん感謝しております。

畏敬の念をこめて。